裁判員経験者ネットワークは裁判員経験者の交流ネットワークです。
Copyright(C) Saibanin-keikencha-net. All rights reserved 
web015001.gif katudoushoukai.gif touroku.gif toiawase.gif
・お問い合わせ
・サイトマップ
・プライバシーポリシー
・HOME
logo.gif
●「第3回裁判員経験者交流会」に参加された方々から
 
・「皆さん修羅場をくぐり抜けていて、私の経験などちっぽけなもののように感じました。」
 
・「貴重な体験ができた反面、言い足りていないモヤモヤ感が残る会でした。でも、新しい仲間が増えたのも事実です。これからも連絡を取り合い、うまく付き合っていけたら最高ですね。」
 
・「裁判員をやったことに対するストレスとか負担とかを本当にあまり感じていなくて(強いていえば、長く職場を空けていて『浦島太郎』状態になったくらい)、逆に皆さんの話を聴いてみて、もしかして大変なことに参加しちゃったのかも知れない、と実感しています。
適当な気分で参加した訳ではないのですけど…
裁判官が『人を裁くのではなくて罪を裁く』であるとか『疑わしきは罰せず』などの他、過去の事例についてなどを丁寧に説明してくださったので、被告人の人生を左右するという重荷や心理的負担が少なかったのかもしれない、と思っています。まあ、いろいろな受け止め方がありますね。担当事件によっても違うでしょうし。」
 
・「経験者が集まってお互いの胸の内を口にすることで精神的負担が軽減するのだということを実感しました。時間に限りがあるので今回は喋るのを控えました。初めて参加された方が堰を切ったように話し出す姿はとても印象に残りました。
初参加の方にとって、話し尽くしたとはいえないでしょうが腹八分ということで次回参加につながればよいと思います。『喜びは人に伝えることで倍になり、苦しみは人に伝えることで半分になる。』とは、まさにこのことなのかな、と感じました。」
 
・「守秘義務についてわかりやすく説明を聴くことができたことはよかったです。また臨床心理士や弁護士、他の裁判員経験者の中で話しやすい雰囲気で意見を言えてすっきりしました。
裁判員をやってプラスになったことは、自分はもちろん家族(特に娘)が裁判員制度に興味を持ったこと、普段の日常の暮らしがありがたく、感謝の気持ちで生きられるようになったことです。」
 
・「第1回裁判員経験者交流会にはメディアの参加により質問形式で取材を受けたが、そこで裁判所名や実名を公表したため、今でもネット上に名前その他が表示されており悩んでいる。メディア側も個人名の記載には慎重に配慮してほしいと思います。」
●第3回「裁判員経験者交流会」に同席して 大西千恵(NPO法人朝日カウンセリング研究会
 
2月20日、日曜日の午後都内で、9名の参加者を迎えて、裁判員経験者の交流会が持たれた。
今回は関東近県のみでなく、東北や関西からも参加があったのは特筆すべきことである。
9名の参加者(男性6名、女性3名)と、弁護士、臨床心理士が各1名、11名がひとつのグループとして、椅子を丸く囲み順次着席。
ネットワークの世話人5名がオブザーバーとして同室。
 
先ずは簡単な自己紹介からスタート。どこで、いつ頃、どんな裁判を担当したかが語られる中、かなりハードな体験をされたことがうかがわれるケースもあり、とにかく話をしたい、聴きたいとの空気は早くから共有されたように感じられた。
 
話し合いは、裁判員の呼称について、説示、守秘義務の説明等について、牧野弁護士からの質問に答える形で続いた。
裁判員の呼称について、今回の参加者の場合は、○番さんと番号で呼び合うよりは、○○さんと名前で呼ぶことが普通に行われてきているようだ。それも、初めに裁判長から名前で呼び合いたいとの提案がなされ、みんなの合意が求められたとの報告、最初の出会いへの裁判長の姿勢、雰囲気が垣間見られる感じだった。
最初の説示に関しては、どの裁判体も先ずは丁寧に伝えられていたように思う。
守秘義務については、一応の説明はあったとのことだが、十分に理解されたかどうか? ある経験者は「事務方から説明されたがまったりしていて、アバウトな感じ」と発言。また、守秘義務について質問をしたのに、「正式見解を出すので、一日待ってください」といわれ、翌日提示されたものは先の文書以上のものではなくがっかりしたとの体験も述べられた。
守秘義務について説明を受けても、その範囲については明解ではなく迷ってしまう、との感想が出され、改めてみんなで確認する場面もあった。
更に、守秘義務が課されている故に、不自由さが先立って、民主主義と言いつつ話したいことも話せないのは問題ではないかとの意見も出された。たしかに守秘義務に関しては、その内容、運用共に、この制度の大きな問題点であると改めて思った。
裁判後の裁判員同士の交流については、裁判所側の対応が当初より“しばり”がゆるやかになった様子が伝わる。互いの連絡先の交換について、規制されることはほとんど無かったようだ。
ある経験者の場合、この制度がなかったら知り合えない人と出会えたという意味ではいい経験になったと思うので、その後も交流したいとの雰囲気があった。そして、裁判員同士、ねぎらいあい「またお会いしましょう」と連絡先を交換したものの、その後、連絡はとっていないとの報告があった。裁判のことを早く忘れたい、会うとまたあの感じがよみがえってくるという気持ちが働き連絡ができないでいる、との複雑な心境も率直に語られた。裁判に関わるということの、その体験から受けるさまざまにゆれる思いには深く共感する雰囲気だった。
話の流れは、自然と心のケアの問題へ。
まず、選出された時の気持ちは、次のように語られた。「呼び出されていきなり裁判員に選出され、否やも言えず全くの一方通行、逃げ場なしの感じ。」呼び出されても選ばれるとは限らない。よもや自分が裁判員になるとは、そして十分気持ちの切り替えができないまま裁判へと、そうした戸惑いは大方の経験者から聞くことである。
裁判員体験自体、さまざまな負担感を伴うこととは思うが、裁判の内容によってもその心理的負担の大きさが異なること、当然であろう。
強姦わいせつ致傷がらみの裁判に関わった主婦は、「娘もいることで帰宅後も裁判のことをリアルに思い出し、家事をするのもつらかった」という。また、「この裁判の裁判員が男性だけだったら被害者はどんな心境だろうかと思った」とも。しかし、母親が裁判員になったことで、娘さんが卒論で「裁判員制度」をとりあげるようになったこと、そして、ネットで資料検索中に「裁判員経験者ネットワーク」に行きつき、この交流会に参加することになったと、この人生の巡り合わせを感じさせられるエピソードには、座が大いに盛り上がったことである。
また、重大事件といわれ注目される事案に関わる裁判員の心理的負担の大きさはいかばかりか。そうした裁判の経験者は、これまで、人を裁くということ、また人の生死についても真正面から向き合うことなどなく過ごしてきたのに、今回の裁判でやむなく直面させられ、今でもそのことを重く思い出す。「忘れたくても忘れられない」と、裁判中、またその後の心境について、抑制をきかせて話されたが、その言葉は、聞く側の心にもずしりと残っている。
そして、裁判所の用意した「メンタルヘルスサポート」の活用について話が及び、電話相談では物足りず、面接相談を希望した経験者からは、5回の面接の有効期限が1年間であることを知らされたという話。現行のサポート体制では不十分、実際に使えないとの意見が次々出された。
 
裁判の折の体験、その後の自分の心境等々話は尽きず、途中ちょっとティータイムをはさんでの2時間半、あっという間に過ぎた交流会だった。こうした場が東京ばかりでなく地方でもあれば、との遠来の参加者の声はしっかりと受け止め、会は終了した。
終わりには、同席の萩原金美弁護士(松山事件担当、当時陪席裁判官)から貴重な話も伺えたこと、付け加えたい。また、交流会終了後には、都合のつく経験者と世話人、合わせて9名が席を変え歓談、交流を深めたことも付記する。
以上、オブザーバーとして同席させていただいた立場から、交流会の様子を出来る範囲でお伝えしたが、ご参加のみなさん、立場は違っても自分の体験を伝えていきたい、自分の体験が今後に生かされるなら積極的に語っていきたいとのメッセージも、力強く受け取ることができた。
 
裁判員制度について、市民の参加は負担が大きすぎる、一旦凍結し考え直す必要があるとの意見も聞くが、経験者の皆さんの話を伺う限り、その体験にさまざまの負担はあったにせよ、それぞれの人生にとって大きな意味ある体験だったのだと確信を持つことができる。「これまでと読む本が違ってきました。」「人の受け取り方はみんな違うんだなあ〜と感動しました。」「新しい人とのつながりに意味があると思います。」「その後、裁判のことが気になって傍聴に通うようになって・・」「娘に、自分の意見ははっきり言わなければだめだよといわれて・・」等々。その体験は、これからも深化し続けることと思う。また、心のケアについては、更に十分きめ細かく配慮されることが肝要だとは、いうまでもないことである。
私個人は当初、裁判員制度に賛成とか反対とかの立場からではなく、私たち市民が参加することになるその制度を知りたいとの関心から入り、事件や裁判とはほど遠いところから、模擬裁判の体験や傍聴、学習会を通して今の活動につながっている。そんな中で、事件や裁判の報道、そして新たな方々との関わりから、さまざまな角度から自分の価値観を問い直され考えさせられ続けている。今後とも裁判員は、死刑求刑事件、否認事件等、ますます難しい裁判に関与することになろうが、折角開かれた司法の世界。この制度が真に市民のものとしてより良く定着することを願って活動に参加していきたいと、その思いをまた新たにしたのである。

日時:2011年月20日(日)13:3016:00

所:東京都千代田区

参加者

・裁判員経験者:9名(男性6名、女性3名)

・弁護士、臨床心理士が同席

 

■第3回裁判員経験者交流会(2011/2/20実施)の報告・感想

■交流会参加者の報告・感想
 
●第3回「裁判員経験者交流会」に参加して  田口真義(裁判員経験者)
 
前回に続き第3回「裁判員経験者交流会」に参加させていただきました。今回は参加者9名と過去2回を上回る人数に驚きと喜びが入り混じる交流会でした。
特に東京で開催しているにも関わらず、東北や関西と幅広い地域から参加者が遠路はるばる来られたこと、結果として東京地裁での経験者は4名と過半数を割る人数比であったことに全国的に広く内在するにわかな需要を感じ取りました。
 
司会進行の2名を含めて11名で椅子を丸く囲む形で着席しましたが、第一印象として重苦しい雰囲気でした。皆、一様に俯き床をじっと見つめていました。自分もそうだったのかもしれませんが、何か重いものを抱えている空気がそれぞれから滲み出ていました。
まずは簡単な自己紹介からでしたが、すでにこの時点から自己紹介にとどまらず、堰を切ったように胸にしまい込んでいた思いのたけを吐露していきました。その中には、事件のこと裁判のこと裁判員制度や守秘義務に関する意見主張など、一つひとつをよく吟味してじっくりと聴きたい大事なことが含まれていました。
すべてはそれぞれの体験であり自分自身のこと、しかし共有する間もなく次から次へと口をつく言葉の数々、第一印象の「重苦しさ」は裁判員経験後に、それぞれの心の中に蓄積され消化されることのなかった思いが形作った空気だったのだと実感しました。
 
牧野弁護士からの質問形式で話題は「裁判員の呼称」「説示に関して」「守秘義務についての説明」「裁判後の裁判員同士の交流」「メンタルヘルスサポート窓口について」「心のケアの問題」などの多岐に渡り、扱った事件の軽重を問わず経験者それぞれの感性において悩み苦しんでいる様を受け止めました。
特に事件のことを振り返り、法廷での場面なのか当時の心境なのか、何かがフラッシュバックした感情の昂りと動揺をひしひしと感じ、一人ひとりが抱える裁判員経験の負の側面を目の当たりにしました。
 
前回の参加人数3名と比較すると、どうしても一人ひとりの発言時間が限られてしまいます。さらに重大事件の経験者に話が集中してしまいがちなことも仕方ないことと思いつつも、ついつい均一性を思慮してしまいます。
一方で「心理的負担のケア」という観点ではそれぞれの経験者の心理状態は重視すべき問題であり、事件の軽重を問わず非日常の体験をした裁判員経験者一人ひとりの声に耳を傾け、じっくりと丁寧に対話を積上げる時間と場所が本来必要であることを痛感しました。
 
ここまでの交流会を通じて裁判体ごとの裁判員の扱いは総じて大きな差異はなく、評議室にお茶菓子を置く置かないなどの細かいところは裁判長や取扱い刑事部の裁量で僅差が生じることがわかりました。特筆すべきは重大事件や注目事件などは審理日程や多数の証人尋問などの予定消化に傾注し、結果として長期の公判期日だけでなく休廷回数が少なくなるなど、裁判員に対する負担が一層重くなる傾向があることです。補充尋問前の休廷など想像もつきませんでした。
しかし、ある程度、画一化されている裁判員対応であるとするならば、『説示』や『守秘義務』に関する説明などは形骸化されていて十分ではないという感想を覚えます。
「事務方から説明されたがまったりしていて、アバウトな感じ」
「一体どこまでが守秘義務の範囲なのかどうか明快ではなく迷う」
などの声はそのことを意味する証左だと思います。
 『裁判後の裁判員同士の交流』は一部の裁判体では推奨されるなどの規制緩和(?)がうかがえる一方で、『メンタルヘルスサポート窓口』を利用された経験者からは5回の面接相談の有効期限は1年間と言われたという体験談に対し
「5回は短い、使えない」
「直後より後になって思い出しつらくなるという場合も多いのでは」
「有効期限1年というのはどうか?」
などの声が噴き出し、裁判員制度の現実的な問題点をあらためて肌で感じました。
 
無罪推定などの『説示』は素人が刑事裁判に臨む上で念頭に置かなくてはならない要点であり、『守秘義務』や『裁判後の裁判員同士の交流』は裁判員経験者にとって最も重要な懸案事項です。そして『メンタルヘルスサポート窓口』の具体的な拡充も喫緊の課題の一つです。
すべては裁判員選任の瞬間から裁判終了後、さらにその後の人生における『心のケアの問題』につながっていくことをはっきりと認識しました。
 
事件の軽重を問わず裁判に参加して人を裁くという経験は大きくも小さくもその人の心に傷を作ります。むずむずと疼くだけかもしれないし、ぱっくりと傷口を開き血(涙)を流し続けているかもしれません。その心の痛みは本人以外には誰も理解できません。
今、裁判員経験者は少数派かもしれませんが、いずれはほとんどの人が経験することになります。その時に備えて、今ある問題を適時適切に対処改善してほしいと切に願います。
そして問題点の抽出と問題解決の糸口として、裁判員経験者による交流会を企画した裁判員経験者ネットワークにあらためて感謝と敬意を表します。
事件の中身は違っても裁判員経験者同士が集まり胸中を語り合う機会を持てることは、非常に重要なことで『心のケア』への第一歩と信じます。じっくりと確実に自分を見つめるために有効な手段であり、同時に自分だけではないという安心感と新たなつながりの縁を持てることはとてもうれしいことです。
今回、出会えた皆さんとまた再会できると思える喜びがこの先の希望につながります。
 
最後に、このような場を提供してくださった裁判員経験者ネットワークの牧野茂弁護士、臨床心理士の西村寛子先生、お立会いいただいた濱田邦夫弁護士、大城聡弁護士、仲田信範弁護士、大西千恵ACO理事、そして神奈川経済大学名誉教授であられる萩原金美弁護士に厚く御礼申し上げます。